生長の家岡山県教化部
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「神の道を歩む人生は滑らかである」
教化部長
 岡山教区の皆様、昼夜を問わず、講習会の推進にご挺身くださいますこと、心より感謝申し上げます。
 ちょっと一息、岡山県のお寿司といえば「ばら寿司」が有名ですが、富山県の郷土料理、駅弁としても知られ、鱒(サクラマス)を用いて発酵させずに酢で味付けした押し寿司に「鱒寿司」があります。皆様は、そのサクラマスが、大きくても30センチほどのヤマメと、もともとは同じ魚だということをご存じでしょうか?
 それは、川での生存競争に敗れた(?)ヤマメの一部が、餌を求めて海へと下り、餌が豊富な海を回遊するうちに大型化したのがサクラマスなのです。
 その自然界のサクラマスが、私たちに教えてくれていることは、そのときは負けたように思えても、自分で自分に見切りをつけなければ、人生に「負け」なんてものは存在しない。他と競うのではなく、できることから少しずつ努力を重ね、昨日の自分より少しでも生長しようと心がけ、自分の与えられた道を素直に、そして地道に歩み続けることの大切さを教えてくれているのではないでしょうか。
 さて、経営の神様と呼ばれ、日本の実業家、発明家で有名な、パナソニックの創業者、松下幸之助さんは、「自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、他の人には歩めない。自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。広いときもある。狭いときもある。のぼりもあれば、くだりもある。坦々としたときもあれば、かきわけかきわけ汗するときもある。この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまるときもあろう。なぐさめを求めたくなるときもあろう。しかし、所詮はこの道しかないのではないか。あきらめろと言うのではない。いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、とにかくこの道を休まず歩むことである。自分だけしか歩めない大事な道ではないか。自分だけに与えられているかけがえのないこの道ではないか。他人の道に心を奪われ、思案にくれて立ちすくんでいても、道は少しもひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ。それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてくる。」と仰っています。
 さらに大聖師・谷口雅春先生は、ご著書『新版 幸福を招く365章』169頁に「神の道を歩む人生は滑らかである」と、次のようにご教示くださっております。

 人間は神の子ですから、人の歩く道は神の歩く道であります。だから神の道を真直ぐに歩かないでは、自動車に撥ねとばされたり、崖から墜落したりいたします。人に対して悪意をもったり、嫌悪の情を感じたり、素直でなく剛情であったり、人を憎んで赦すことをしなかったり致しますと、それは神の道から離れて歩いていることになるのであります。吾々の歩む人生の行路が滑かでないのは、神の道を歩いていないからであります。神の道は愛の道、サービスの道、赦しの道、包容の道、円い道、角のたたない道、人を助ける道、やさしい言葉の道、利己主義でない道、霊と法悦の道であります。あなたの生活がこれらの道に乗っているか反省して見て下さい。

 このように神の道は、愛の道、サービスの道、赦しの道、包容の道、円い道、角のたたない道、人を助ける道、やさしい言葉の道、利己主義でない道、霊と法悦の道ですから、現在進められている「講習会推進」が、神の道に乗る絶好の機会であることは間違いありません。
 私たちは、今与えられた神の道を懸命に歩み、講習会を盛会とするとともに、私たち自身の人生もさらに輝くものとしてまいろうではありませんか。
 
 
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