生長の家岡山県教化部
生長の家の教えとは 沿革 環境への取り組み 吉備だより
組織だより 吉備連成会だより 今週の智慧の言葉 教化部・各道場のご案内 リンク
 
3ヶ月前 | 2ヶ月前 | 1ヶ月前 |
 
「人生を楽しんでいるか」
教化部長
 以前読んだ本の一節にこんな話があった。ある中堅企業の社長さんがある日、心不全か何かで心拍が停止、意識不明の重体になった。救急救命士が来て必死にマッサージをした。
 その間、その社長さんは林の中を歩いていた。その林を出ると、きれいなお花畑に出た。周りを見渡すと、いろんな人がお花畑を歩いていた。
 お花畑を過ぎると川のほとりに出た。その川の向こうが彼岸、俗に言う「あの世」である。その川幅は人によってまちまちで、10メートルの人もいれば100メートルの人もいる。また、渡り方もさまざまで、橋で渡る人もいれば、船に乗っていく人、泳いで渡る人などいろいろ。一旦、両足が岸から離れてしまうと、二度と戻っては来れないそうだ。
 さて、お花畑に出た社長さんの耳に不思議な声が聞こえた。「あなたが今まで送ってきた人生とはどういう人生だったか、それについて質問されるから川べりに着くまでまとめておくように」
 お花畑を歩きながら社長さんは、「あんなこともしたなぁ」「こんなこともしたなぁ」と、自分の人生を振り返った。そして今までやってきた業績をまとめていった。
 川べりに着くと、こんな声が聞こえてきた。「あなたは自分の人生をどれくらい楽しんできましたか?」社長さん、はて?と困り果ててしまった。やってきた業績についてはいくらでも話せると思って、意気揚々と川べりまで歩いてきたのだが、その声は「どれくらい人生を楽しんできたか」ということだったのだ。その声の主は、業績などまったく関心がない様子だった。いくら考えても「楽しくやってきた」という記憶がなかった。じっと黙っていたら、「あなたは人生を楽しんでこなかったのですね」と言った。「はい」と言うと、「あなたの人生は失敗です。もう一度やり直し!」と言われた。
 その瞬間、社長さんは息を吹き返し、この世に戻ってきた。その日から社長さんは人生を楽しく生きることに切り替えた。そのとき、「楽しく生きるということは、自分がどれほど周りから喜ばれているかである」ということを教えられたというのであります。
 この話に関連して、大聖師・谷口雅春先生は、『生命の實相』第7巻 8頁〜次ぎのようにご教示下さっています。

「(前略)自分を生かすということは自分の生命が歓ぶことです。自分の生命が生き甲斐を感じることです。自分の生命が伸びることです。どうしたら自分の生命が喜びを感ずることができるかと言えば、他を喜ばしてあげることです。他が自分のことを喜んでくれるとき、はじめて自分の生命が本当の喜びを感ずるのです。それは自分の生命が隣人にまで拡張したのです。自分の生命が伸びたから喜べるのです。これが生き甲斐というものです。人間はそういうふうに造られているのです。自分の生活が伸びているか生長しているかどうかを知るには、周囲の人が自分の生活を喜んでくれているかどうかを見ればよいのです。周囲の人は自分の生活の鏡です。誰にも喜ばれないような人の生活は、それがどんなに自分の欲望をみたしている生活であっても、それは本当に伸びている生活ではありません。(後略)」

 このように、自分の生命が生き甲斐を感じ、楽しい人生を送るためには、ただ能天気に生きる快楽主義ではなく、「あなたがいて良かった」と周囲の人から「ありがとう」と言われる人生を送ることであります。
 8月、一般的にはお盆を迎えるという地域が多く、お盆には、ご先祖様の魂をお迎えするために、仏壇に提灯を掲げ、野菜や果物、お菓子などのお供えをして、家族、親族がお墓参りをし、ご先祖様に心からの感謝を捧げるというのが通例ですが、さらに子孫である私達の毎日の生活が、喜びに満ちた楽しい生活を送り、「人生って楽しい。生まれてきて良かった」と感謝の日々を過ごすことが父母への感謝となり、ご先祖様に対する最高のご供養になるのではないでしょうか。
 
 
宗教法人 生長の家 岡山県教化部  copyright2005 SEICHO-NO-IE All rights reserved.