生長の家岡山県教化部
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「ご縁を生かし、使命を生きる」
教化部長
 

 いよいよ春4月、寒い冬の中で耐え忍んだ木々には新芽が、そして桜の花などが美しく咲く季節となり、私たちの心を癒すばかりではなく、自然の力強さと神様の愛を感じさせてくれています。寒風吹きすさぶ冬の時節は、見渡す限り枯野原でも、ひとたび春の季節がくれば、何処からともなく次から次へと青い芽を出し、たちまち緑をつけて、一斉に花を咲かせます。
 花は一体、誰の為に咲くのでしょうか。誰の為でもありません。何の為でもありません。そこにはそういったはからいは微塵もありません。自分の生命の赴(おもむ)くままに自分の全生命を無心に発揮して、観てくれる人がいようと、いまいとに拘わらず、この地球上に「ただ、ただ」咲いているのです。ただ咲いて、私達にその生き方を教え、勇気づけ、慰め、そして楽しませてくれています。しかもその功を少しも誇ることもせず、自分の与えられた環境、そのご縁の中で一所懸命に生き、その使命を果たしています。
 日本語には古くから天候や四季にかかわる言葉が数多くありますが、その言葉の中から私たちは、自然のさまざまな表情を教えられるとともに、自然の豊かさを言葉によってさらに美しいものにしていたようです。例えば、桜が咲くころの曇りがちの天気を表している春の言葉に〈花曇り〉という言葉があります。古くから日本人は、このように曇り空にも〈花曇り〉と名付けるなど、憂うつな気持ちを払拭し、さらに環境を明るくするような、温かく優しい感性の持ち主であったことがうかがえます。ではこのような光明思想がどこから現れたかというと、やはり「神」をはじめ、天地一切すべてに生かされていることに日々感謝し、自然と一体となる生活の中で、光明面を観る心、つまり「日時計主義の生き方」が芽生え、これを生活に実践されていたからではないでしょうか。
 さて私たちは、日頃生長の家の教義の基本である縦の真理「唯神実相」と、横の真理「唯心所現」を学んでおり、その「唯心所現」、つまり「心の法則」の一つには「原因結果の法則」というのがあります。それは、因縁果の法則とも言われ、この世のあらゆる存在は、因(原因)と縁(それを助ける条件、第二原因)がかけ合わさって果(結果)を生ずるのであり、すべては相依相関、何一つとして孤立無縁のものはないのであります。したがって、一つの物の動きも、一人の人間の行いも、その影響は、あたかも静かな池の水面に石を投げ入れると波紋が池全体にひろがってゆくように、無限にひろがってゆくものなのです。よく「縁起がいい」とか「縁起が悪い」とかいう方がおられますが、縁起とは文字どおり因縁によって起こることで、良い因縁をつくれば良い結果が生まれ、悪い因縁を結べば悪い結果が現れるのであって、縁起をかつぐだけでは縁起は良くなりません。ですから、人間神の子の真理を神より授かった私たちは、この真理をいまだ知らない縁あるすべての人々にお伝えすることが、神から与えられた最高の使命であり、その使命を遂行することがこの縁を最大限に生かすことになります。その結果として真理を伝えられた方々、さらには私たち自身の「幸福の扉」の鍵を開けることにもなります。
 よくテレビの時代劇に柳生一族が登場しておりますが、その柳生家には、「小才は縁に出会って縁に気づかず、中才は縁に気づいて縁を生かさず、大才は袖すり合う縁をも生かす」という有名な家訓があります。この家訓の言葉にもあるように、縁に出会ってもそれに気づかなかったり、気づいてもそれを生かせなかったりしたのでは、私たちの縁起や運が良くなるはずがありません。
 生長の家の真理にふれた私たちは、日々の活動が、そのご縁を生かし、使命を生きることに繋がり、さらに多くの方々へ幸福を与える良い因縁を結ぶ絶好の機会と捉え、喜びをもって光明化運動に邁進してまいりましょう。
 
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