生長の家岡山県教化部
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「神の子」の使命を生きる子どもたちを育成しょう
教化部長
 去る7月26日から3日間、「夏季家族練成会」が「新しい自分を発見!未来に輝け!」の全体テーマのもと、2年ぶりに開催されました。
参加された親、そして小学生たちは、この練成会で、それぞれが何かを感じ、新たな決意をされて終了できたことは、大きな成果となったのではないかと思います。
 さて、50年近く過ぎた記憶を頼りに私の小学生時代を振り返ると、6年間の小学校生活で、今でも特に印象に残っているのは、それぞれ個性的な2人の担任教師の存在であります。
そのひとりは、小学校入学当時の担任で、その後担任が代わっても6年間お世話になった音楽のC先生。小学4年生ころ、通っていた小学校では、このC先生指導による「ブラスバンド」が新たに結成され、私はトランペットをこの教師から教わりました。その指導は鬼のように厳しかったのです。今考えると皆初めて楽器を手にする子どもばかりなので無理もなく、それぞれとんちんかんな音を奏でていたのだとは思うのですが、やる気の無い態度や、教えられたことをいつまでも表現できないと、C先生は鬼のような形相で、往復ビンタはもちろん、指揮棒が常に飛び交う練習風景でありました。
 その甲斐あって数年後、札幌市民会館で開催された「小学生吹奏楽コンクール」にも出場出来ることとなり、さらに入賞したときの喜びと感動は今でも忘れられません。
 ふたり目の担任は、H先生。この先生もまた厳しく、色々な体罰を独自に考案し、怖いと噂の先生でした。小学校生活にも慣れた3〜4年生当時、男子の中で「パッチ(メンコ)」といわれる遊びが流行りました。中には教科書をまったく持参せず、リュックサック一杯、溢れんばかりに「パッチ」を持ってくる友もおり、休み時間が待ち遠しく、授業終了のベルとともに、床のPタイルの升目を利用し、休み時間の終わりを忘れて勝負に没頭していたのです。そこでH先生の登場です。規則を守らない私たちに用意されていたのは、その程度により段階的に名前の付いた体罰だったのです。その体罰の中で私たちが最も恐れていたのが「つり」と呼ばれる体罰で、これは片耳を掴まれ、そのまま宙づりにされるといったものでした。これがビンタよりはるかに痛いのです。決して体罰を肯定するつもりはありませんが、私たちはこの体罰や指導から様々なことを学び、その後規則を守る生徒が増えたことも事実であります。H先生は、教師としての道半ば、バイク事故で亡くなられたのですが、体罰を受けた私たちの中、誰一人としてH先生を恨むものはなく、逆に先生が愛おしく、幼心に哀悼の意を皆が表していたのを憶えています。
 当時の教師は、絶対的存在であり、またそう親にも教えられていました。ですから教師を尊敬こそすれ、抗する子どもなどは殆どなかったように記憶しています。
 今回の「夏季家族練成会」に参加するなどして、生長の家に触れ、「人間 神の子」を自覚している親、そして子どもたちは別として、何でも環境や他人の責任にしたがる今の時代、「一切者の自覚」が親を含め子どもたちにも欠如しているように感じます。
「夏季家族練成会」の開催を通して、「一切万事我より出でて我に返る」との「一切者の自覚」、つまり「人間 神の子」の真理を、生長の家を信仰する私たちが多くの方々へお伝えし、すべてを環境や他人にその責任を転嫁する生き方や、自然から奪う生活を改め、生を受けた使命を自覚し、自分、そして他人を愛し、親を愛し、日本の国や世界、さらに自然環境など、生きとし生けるものすべてを愛し、すべてに与える生活を実践できる子どもたちを育てていく使命を、今強く感じるものでありました。

 
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