生長の家岡山県教化部
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災害から何を学び、何を実践するのか
  教化部長
 

 西日本豪雨からひと月が過ぎましたが、岡山教区会員の皆さまには、猛暑の中、連日の復興作業や祈り等、それぞれの場所や立場において、様々なご支援、ご協力いただいておりますこと、衷心より感謝御礼申し上げます。
 さて、この度の豪雨災害から私たちは、何を学び、同じような環境を繰り返さないために、どのような生き方の実践が大切なのかをあらためて考えることを求められているのではないでしょうか。
 総裁・谷口雅宣先生は、2011年3月17日にご発表くださった「自然と人間の大調和を観ずる祈り」の中で、「助け合い、補い合い、与え合っていて初めて繁栄するのが大調和の世界の構図である」とご教示くださっており、その一節を次に紹介させていただきます。

 (前略)多くの生物を絶滅させ、自然の与え合い、支え合いの仕組みを破壊しておいて、人間だけが永遠に繁栄することはありえない。生物種は互いに助け合い、補い合い、与え合っていて初めて繁栄するのが、大調和の世界の構図である。それを認めず、他の生物種を“道具”と見、あるいは“敵”と見、さらには“邪魔者”と見てきた人間が、本来安定的な世界を不安定に改変しているのである。その“失敗作品”から学ぶことが必要である。
 大地震は“神の怒り”にあらず、“観世音菩薩の教え”である。我々がいかに自然の与え合いの構図から恩恵を得てきたかが、それを失うことで実感させられる。我々がいかに人工の構築物を、田畑を、港を、道路を、送電線を、インターネットを築き上げても、自然界の精妙かつ膨大な仕組みとエネルギーを軽視し、蹂躙する愚を犯せば、文明生活は一瞬にして崩壊することを教えている。我々の本性である観世音菩薩は、“人間よもっと謙虚であれ”“自然の一部であることを自覚せよ”“自然と一体の自己を回復せよ”と教えているのである。
(後略)

 いうまでもありませんが、人間は自分一人の力で生きているのではなく、いわゆる天地自然の恵み、つまり神の愛によって生かされているのであり、人間生活に欠かすことのできないさまざまな物質はすべて自然から与えられており、また多くの人びとの物心両面にわたる労作というものがあって、はじめて自分の生活なり仕事というものが存在し得るのであります。ですから、自然から奪い、自然から徹底的に搾取するというこれまでの人間の生き方は、神の愛に対する感謝報恩の心の欠如ともいえるものではないでしょうか。
 また感謝報恩の心は、ものの価値を高めることになります。感謝報恩の心が薄ければ、何事によらず不平不満が起こり、自らの心も暗くし、他を傷つけることにもなりかねませんが、逆に感謝報恩の心は、すべてが喜びとなり、心も明るく、自分にも社会にも、また自然とも調和し、一切を生かす生活となります。さらに感謝報恩の生き方は、私たちに内在する神性、仏性といった無限の活力をさらに湧き起こすことになり、それが事をなしていく上でとても大きな力となってくるものであります。
 私たちは、“天地の万物に感謝せよ”との教えにもとづき、全人類に万物を神の生命(イノチ)、仏の生命(イノチ)と拝む生き方をひろめてまいりました。その私たちが自然をはじめ、天地一切の人・物・事に対する恩恵に感謝報恩の心を持ち、自然の恵み、人びとの恩に対して報いていくという生き方をそれぞれの立場で、率先して実践していくことが大切であります。
 今回の災害の現状を目の当たりにして、「私にも何か出来ることは・・」と考えている方も多くいらっしゃると思いますが、まず私たち生長の家の信徒は、現象は不完全であり、それは仮相であって、実相は全ての人々が完全無欠の神性・仏性である。この真理を自覚し、伝えていく事こそ肝要であり、さらに自然との一体感を深め、その自覚の上で自分の出来るところから人や自然を含むすべてのものに、与え合い、支え合いの生き方を実践していくことが、大調和の世界を顕現することにほかなりません。
 今回の災害で亡くなられた方々のご冥福を祈り、被災された方々の一日も早い復興が安全に進められるよう祈念いたします。
 

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