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「生長の家」と私(No.146)
御教えに救われた幸せを伝えていきたい
鳥越真澄

 以前の普及誌「光の泉」誌に載っていた、「私の後ろには足跡が二つある。一つは神様一つは私。ある苦しい時後ろを見たら足跡が一つしか無い。神様にも見捨てられたのかと思ったらそうではなくて、神様は苦しむ私を抱きかかえて歩いて下さっている。だから足跡が一つしかない」という文章を読んで、「これは今の私だ。神様と一緒だったら、もしかしたらこの苦しみ悲しみから抜けだせるかもしれない」と、針の穴程の光を見つける事が出来たのが私の信仰生活の始まりです。
 「神様は私を必ずいい方に導いて下さる」と信じ、朝起きると生長の家の瞑想法である神想観を実修、神棚に向かって祝詞を誦げ、御先祖様に仏壇の前で生長の家のお経『甘露の法雨』を誦げました。車の中では御教えで救われた信徒の方の体験談のテープを聞き、時間があれば生長の家創始者谷口雅春先生や、前総裁・谷口清超先生の御著書を拝読し、夜は「ありがとうございます」と唱え続ける感謝誦行をしました。しかし、始めたその日から急に生活が一変するわけではありません。地元津山のN講師に「先生、神様は計りを持っておられるような気がする。私の心が変わる程度にしか環境はかわらない。辛い」と言うと、N講師は私を抱きしめて下さり、「私も祈っているからね」と言って下さいました。N講師も祈って下さる、それが嬉しくて、それが日々の心の支えでした。
 「人間は神の子である、感謝は全てを癒す、心が変われば全てが変わる」と信じ、谷口雅春先生の御著書で読んだ「よいかげんの所でやめるからいけないんですよ」「幸せになる権利ではなくて、幸せになる義務があるんですよ」という言葉を心に留めて、神想観、聖典等の拝読・聖経読誦、御教えをお伝えする愛行の三正行を行ったのを思い出します。
 今は二人の子供も家庭を持ち、孫も三人います。長男が「どんな事をしてあげたらお母さんが喜んでくれるのかなぁと思うときがある」と言ってくれます。今は幸せを噛みしめています。ある時、当時の教化部長のご指導で「今はプロセスにしかすぎない。必ず幸せだなぁと思う日がくるから、だから頑張れ」と言われた事を思い出します。
 父を見送り、今は母の介護をさせていただいています。母は私が教化部へ行くのを何も言わずに見送って下さいます。今年三度の骨折を繰り返し、動くのも困難なのに大丈夫だからと見送って下さいます。親なればこそと只々感謝の思いしかありません。「この子が死んで楽になるんだったら、黙って死なせてやりたい」と、私だけを見つめていれくれた母が、生長の家が私、真澄の命を救ってくださったと、今では感謝の聖経読誦をし、毎日日時計日記をつけ、心穏やかに日々を過ごしています。
 孫も青年会に入会してくれました。私は孫に「学業や部活が忙しくなったりして生長の家を忘れる時が来るかも知れない。でも、これからの人生の中で、行きづまったり、苦しい時があったらその時は、必ず生長の家を思い出してほしい。そして、その門を叩いてほしい。必ず神様は貴方をいい方に導いてくださるから」と伝えています。
 生長の家の御教えは私の人生に光を与えて下さり、生きていくことの大切さ・生かされている事の素晴らしさを教えて下さいました。N講師は「祈りなくして生長の家はない」「生長の家は祈る宗教」とご指導くださいました。N講師のご指導は厳しい時もありました。でも、ある時N講師に「先生、今私幸せです」と言うと、N講師は「貴女は許せない人を許してきたじゃない。貴女が幸せにならなくてどうするの。だからもっともっと幸せになれるよ」と言って下さいました。そう!N講師のご指導なくして今の私はありません。
 N講師が私にして下さったように、真理のコトバで人様の心を抱きしめてあげられる、そんな人に私はなりたいと思っています。